熱帯雨林の奥深くに暮らす、不思議な顔立ちのサル──それが「テングザル」です。長く垂れ下がった大きな鼻、赤褐色の体、そしてどこか人間らしい穏やかなまなざし。そのユニークな姿から、知名度はそれほど高くないにもかかわらず、一度見たら忘れられない印象を残します。
しかし、この魅力あふれる動物はいま、静かに絶滅の危機に瀕しています。本記事では、テングザルの生態や性格、私たちにできる保護の取り組みまで、その魅力と現状を幅広くご紹介します。読めばきっと、“もっと知りたくなる”動物になるはずです。
この記事はこんな方におすすめ
- 動物が好きで、かわいいだけじゃない“知られざる生き物”に興味がある方
- 環境問題や絶滅危惧種に関心があり、できることから行動してみたいと思っている方
- 家族や子どもと一緒に自然や生きものの話題を楽しみたい方
- SNSや動画で見た“あの鼻の長いサル”についてもっと知ってみたいと思った方
- 日々の暮らしの中で、ちょっとした好奇心や癒やしを求めている方
テングザルってどんな動物?まずは基本情報から

テングザルの特徴とは?英語ではなんて呼ばれている?熱帯雨林の奥深くに暮らす、不思議な顔立ちのサル──それが「テングザル」です。長く垂れ下がった大きな鼻、赤褐色の体、そしてどこか人間らしい穏やかなまなざし。そのユニークな姿から、知名度はそれほど高くないにもかかわらず、一度見たら忘れられない印象を残します。
テングザル(英名:Proboscis Monkey)は、その名の通り長く垂れ下がった鼻が最大の特徴です。特にオスは成長するにつれて鼻が大きくなり、鳴き声を増幅する役割も担っています。この鼻は、外見的に非常にユニークであるだけでなく、生態的にも重要な意味を持っています。
体長は約60~75cm、体重はオスで20kg以上になることもあり、他のサルと比べても比較的大柄な部類に入ります。赤褐色の毛並み、大きくふくらんだ腹部、そして水かきのある指など、テングザルはその見た目と機能の両面で非常に特徴的です。ユーモラスな外見とコミカルな動きは、多くの人々の心を惹きつけています。
鼻が大きいのはなぜ?進化の理由に迫る
この巨大な鼻の理由にはいくつかの仮説があります。一つはメスへの性的アピール。大きな鼻を持つオスが繁殖において有利であるという研究があり、実際にメスはより大きな鼻を持つオスを好む傾向が見られます。
また、もう一つの有力な説は、群れ内でのコミュニケーションに役立つというものです。鼻の構造が鳴き声の響きを強め、遠くにいる仲間にも声が届きやすくなり、群れの結束を高めていると考えられています。さらに、鼻のサイズがその個体の健康や社会的地位を示すシグナルになっている可能性もあり、進化の過程で多面的な役割を担うようになったと考えられます。
テングザルの性格と“穏やか”と言われる理由
テングザルは争いを避ける傾向が強く、比較的温和な性格とされます。群れでの生活では、激しい争いが見られることは少なく、親子や仲間同士で毛づくろいをする姿がよく観察されます。このような落ち着いた行動様式から、“穏やかな猿”と形容されることもあります。
また、赤ちゃんを大切に抱えながら移動する母親の姿や、ケンカの代わりに鳴き声や姿勢で意思表示をする様子など、テングザルの社会には思いやりのある行動が多く見られます。野生の中でも、無意味な争いを避けるような社会構造が形成されており、これは群れ全体の安定性を保つ上で重要な要素となっています。こうした特徴が、テングザルの「穏やかさ」のイメージを一層強調しているのです。
テングザルの生態に迫る

主食は何?意外とグルメな食生活
テングザルは主に葉っぱを食べる葉食性ですが、季節によって果実や種子、花、若芽なども食べます。そのため、時期ごとの食物選択が見られ、環境に応じて柔軟に食べ物を変える適応力があります。彼らは特に若い葉を好みますが、発酵を助ける特殊な胃腸構造を持っており、繊維質の多い植物も消化できます。また、塩分を含む特定の植物や土壌を選んで摂取する行動も観察されており、これは体内の電解質バランスを保つためとされています。
どこに生息しているの?生息地と分布
テングザルは主にボルネオ島に生息しており、インドネシア領カリマンタン、マレーシア領サバ州とサラワク州、そしてブルネイに分布しています。これらの地域は豊かな熱帯雨林が広がっており、様々な動植物の宝庫としても知られています。テングザルはその中でも、特に水辺に隣接した環境を好むという独特な生態を持っています。
彼らは川沿いやマングローブ林、淡水湿地林などに多く見られ、水分を多く含んだ植物の豊富なエリアを選んで生活しています。このような環境では、食物資源が豊富であるだけでなく、天敵から身を隠すための視界も確保しやすく、また木の密度が高いため群れでの移動にも適しています。
さらに、テングザルは泳ぎが非常に得意で、川を渡って別の森林へと移動する様子が頻繁に観察されています。彼らの指には水かきがあり、これは水中での推進力を高めるのに役立っており、哺乳類の中では非常に珍しい適応と言えるでしょう。特にボルネオ島のような雨の多い地域では、洪水や河川の増水が頻繁に起こるため、水中移動能力は生存戦略の一部とも考えられます。
このような環境との関係性は、テングザルの生態の奥深さを物語っており、他の霊長類には見られないユニークな特徴を際立たせています。
鳴き声の特徴とその役割
オスは低くこもったような「ブゥー」という鳴き声を出します。この音は独特で、森の中ではかなりの距離まで響き渡るため、縄張りを示すための強力なシグナルとして機能します。特に鼻の大きな個体ほど、鼻腔の共鳴によって音が増幅され、より遠くにいる個体にも存在をアピールすることができます。
こうした鳴き声は、単に威嚇や領域主張のためだけではなく、群れのメンバー間の連絡や絆を保つための重要なツールでもあります。たとえば、移動中や採食時には「ここにいるよ」と伝える役割を果たし、離れている仲間との接続を保つことができます。さらに、メスや子どもへの警戒信号、危険察知時の緊急な呼びかけなど、状況に応じて異なる音調やリズムが用いられることも確認されています。
また、母親と子どもの間では、よりソフトでリズミカルな声が交わされることもあり、これは安心感を与える効果があるとされています。このように、テングザルの鳴き声は単なる音ではなく、社会性や知性を感じさせる複雑なコミュニケーション手段の一つとして、非常に注目されています。
テングザルが生きる島と自然環境

ボルネオ島にしかいない?限られた生息地
テングザルはボルネオ島にしか生息していない固有種であり、自然環境の変化が直接的に個体数に影響します。この島の熱帯雨林は多様な生物を育む重要な生態系ですが、近年では急速に人間活動の影響を受けています。
特に農業開発や伐採、道路やダムなどのインフラ整備が進むことで、生息地は細かく断片化され、群れの移動が困難になっています。こうした生息地の断絶は、テングザルの遺伝的多様性にも悪影響を及ぼすとされ、個体数の持続的な維持が困難になる大きな要因です。
加えて、環境変化により食料供給も不安定になり、生存率の低下にもつながります。森林保護の枠組みを超えた、広域的かつ協調的な対策が必要です。
テングザルが好む環境とは?湿地とマングローブ林
湿地帯やマングローブ林、河口部の森林など、水辺に近い環境を好みます。これらの場所には食物資源が豊富で、天敵から身を隠すにも適しています。マングローブ林はとくに重要な生息地であり、干潮時には地面での採食行動も見られます。
マングローブは塩分濃度の高い環境でも成長可能な植物群で構成されており、テングザルはこの環境に巧みに適応してきました。湿地帯の植物は、葉の種類や栄養素が多様であり、テングザルにとっては栄養バランスのとれた食生活を支える大切な供給源です。
また、密生した樹木は木登りや群れでの移動を容易にし、天敵からの回避にも役立ちます。これらの環境が失われることは、テングザルにとって生活の基盤を失うことを意味します。
テングザル 日本では見られる?動物園情報
日本国内での飼育は非常に稀で、過去に横浜市立野毛山動物園で展示された例があるのみです。現在、常設展示を行っている施設は確認されておらず、観察機会はきわめて限定的です。テングザルは非常にデリケートな動物であり、ストレスに弱く、食性や環境の条件が厳密に整っていないと長期的な飼育が困難とされています。
そのため、展示を行うには高い専門知識と施設条件が求められ、日本国内ではほとんどの動物園がその環境を整えることができていません。ただし、映像資料やVR体験など、実物に代わる形でテングザルを紹介する工夫が近年増えており、教育的価値の高いコンテンツとして注目されています。
絶滅危惧の背景と脅威

主な天敵とは?人間の存在が最大の脅威に
自然界ではワニや猛禽類が天敵となりますが、もっとも深刻な脅威は人間の活動による生息地の喪失です。特にボルネオ島では、急激な人口増加や経済開発の進行に伴い、かつて広大だった熱帯林が分断され、テングザルの移動ルートが遮断されています。これにより、餌場や水場へのアクセスが困難となり、群れ間の交流が減少することで、遺伝的多様性の低下も懸念されています。
また、密猟や違法取引といった直接的な脅威に加え、観光開発による騒音や生息地破壊も個体数の減少を加速させています。
森林破壊と密猟の影響
パーム油農園の拡大、違法伐採などによって森林が失われ、群れが孤立する事例も増えています。パーム油は食品や化粧品など多岐にわたる用途に使用されているため、世界的な需要が高く、ボルネオ島では広大な森林が商業プランテーションへと転換されています。
これにより、生息地の縮小と質の低下が同時に起こっており、テングザルのような森林依存度の高い動物にとっては致命的です。さらに、見た目の珍しさからペット取引や密猟の対象になることもあり、特に幼い個体が捕獲されるケースが後を絶ちません。
母親を殺して子どもを奪うといった残虐な手段がとられることもあり、倫理的にも保全の観点からも重大な問題です。
保護活動と国際的な取り組み
WWFや現地政府、各国の研究機関などが協力して、保護区の指定や再植林活動、生息地の回復プロジェクトを展開しています。加えて、地域住民への教育啓発活動や持続可能な農業の導入など、長期的な視点に立った支援策も講じられています。国際的にも、IUCN(国際自然保護連合)によってテングザルは「絶滅危惧種(EN)」に分類されており、保全のための行動計画が策定されています。
また、観光による収益を保護活動に還元するエコツーリズムの試みもあり、自然と人間の共存を模索する取り組みが進行中です。
テングザルの魅力をもっと知ろう

面白い行動や赤ちゃん時代のかわいさ
赤ちゃんのテングザルは生まれたときは青みがかった顔をしており、その顔立ちはとても人間的で感情が読み取れるような表情を見せることもあります。成長に伴って毛色や顔の形が変化し、数か月ほどで大人のテングザルと似た姿へと移行していきます。生後間もない赤ちゃんは母親にしっかりとしがみつき、木々の間を移動する姿はとても愛らしく、見る人を魅了します。
さらに、母親だけでなく、群れの他のメスたちも育児に参加することが知られています。いわゆる「オールペアレンティング(共同子育て)」が行われ、経験豊富なメスが若いメスに子育ての方法を伝えたり、疲れた母親の代わりに子どもを世話したりする場面も観察されています。このような群れの協力的な行動は、赤ちゃんの生存率を高めるだけでなく、群れ全体の絆を深める役割も果たしています。
テングザルの群れ生活と社会構造
10〜30頭の群れで生活し、1頭のオスが複数のメスとその子どもを率いるハーレム型の構成です。このような構造では、オスは外敵から群れを守る役目を担う一方、メスたちは育児や食物の探索などの役割を分担しています。オスは繁殖期以外では比較的穏やかで、群れの秩序を保つ存在です。
また、群れ内ではメス同士の結束が非常に強く、互いに毛づくろいをし合ったり、鳴き声や視線によって複雑なコミュニケーションを取ったりしています。個体間の社会的なつながりは緊密であり、ストレスの軽減や協力的な行動を促すことで、群れの安定につながっています。特定のメス同士が強い絆を築くこともあり、そうしたペアは一緒に行動する時間が長くなる傾向があります。
SNSでも話題?映像・写真で見る人気ぶり
SNSでは時折テングザルが取り上げられ、特に赤ちゃんや水辺でのリラックス姿が「癒やし系」として注目されます。テングザルのユーモラスな見た目や、のんびりとした動きが動画や写真で拡散されることが多く、コメント欄では「見ているだけで癒される」「もっと知りたくなった」といった声も見受けられます。
また、YouTubeなどの動画サイトでは、保護施設や野生の環境で撮影されたテングザルの生活が紹介されることもあり、再生回数が数十万を超えることもあります。保全団体や動物園の公式アカウントでは、教育目的でテングザルに関するインフォグラフィックや豆知識を発信しており、視覚的なコンテンツを通じてその魅力が広まりつつあります。インターネットの影響によって、これまであまり知られていなかったテングザルの存在が、徐々に広く一般に認知されるようになってきました。